【クールス】CAROLからCOOLS・矢沢永吉・舘ひろし※その後のロックシーンの礎を作った男たちとは!

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こんにちは・・・

今回はキャロルからクールス

その後のロックシーンに多大な

影響を与えたこの二つの

グループの経歴ということで

お話ししたいと思います。

それではどうぞ・・・

まずはキャロルだが・・・

1972年にデビューし、

1975年に解散。

僅か3年という短期間の

活動ながらも強い

インパクトを残し、

以降の日本のロックシーンに

大きな影響を与えた伝説の

バンドと称される。

その中心的役割を果たしたの、

ベース兼ボーカルの

矢沢永吉だった。

彼はとにかく特別で

カリスマ的な存在だっ

とにかく格好良かったし、

何をやっても絵になる

男だった。

そもそもこのバンド結成の

経緯は、矢沢永吉が

自ら書いた貼り紙で

募集をかけたものだった。

ちなみにそのときの

貼り紙の文句は、

「ビートルズと
ロックンロールが
好きなヤツ、求ム!」

であった。もともと、

「ビートルズ」の

コピーバンドとしてスタートし

ハンブルク時代の

「ビートルズ」の

ロッカーズスタイルを

モデリングことで注目を

集めた。

2人目はジョニー大倉。

彼はサイドギターと

ボーカルを担当した。

当初、バンドのコンセプトを

つくっていたのは

ジョニー大倉だった。

「キャロル」という

バンド名に始まり、

革ジャンにリーゼントという

スタイル導入も彼の発案に

よるもの。

矢沢の力強いボーカルは

当時から大物の片鱗を

見せており、

ジョニー大倉の日本語と

英語をミックスさせた

作詞センスは、

後のアーティスト、

作詞家に影響を与える

ことになる。

また、日本語を英語風に

発音する歌い方は多くの

アーティストが模倣した。

彼ら以外のメンバーは、

内海利勝

リードギター兼ボーカルと

ユウ岡崎

ドラムスだった。

しかし・・・

メンバー間で軋轢が生じ、

1975年4月13日、

日比谷野外音楽堂で

惜しまれつつ解散。

矢沢永吉はソロ活動に転じ

日本を代表する

ロック・ミュージシャンに

成長した。

主な代表曲は「ルイジアナ」

「ヘイ・タクシー」

「やりきれない気持」

「彼女は彼のもの」

「ファンキー
モンキーベビー」

などである。

曲のタイトルもかなり

「ザ・ビートルズ」の

ロックビートを意識した

ものとなっている。

リーゼントで決めた

バリバリの硬派で、

男臭さが滲み出る

ロックバンドだった。

彼等が出現したことにより、

その後の硬派系バンドの

流れを継承する

こととなった。

キャロルが解散して

このロックの流れが

消えると思っていたが

空前絶後の黒の軍団が

現れるのである。

そう・・・

それがクールスなのである。


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クールス(COOLS)は

アメリカンロックンロールを

とりいれたロックバンド。

現在も活動中。

1975年のバンド結成

(前身のバイクチームの
結成は更に前年)から

すでに40年以上も続いている

ロックバンドなのだ。

BUCK-TICK、元チェッカーズの

藤井フミヤなど、

その影響を受けた

ミュージシャンは数多い。

このバンドの出発点は、

原宿において1974年12月

舘ひろしをリーダー

(チーム内での呼称は「ボス」

岩城滉一(チーム内での呼称は
「コーちゃん」)を

サブリーダーに結成された

モーターサイクルチーム

(暴走族)が原点。

「暴走族」とはいっても、

日本のいわゆる暴走族のように

特攻服や竹やりマフラーでは

なく、アメリカの

「ヘルズ・エンジェルス」を

手本とした、おしゃれと

かっこよさを追求した

チームであった。

そのことは当時リーダーの

舘ひろしが語った

「どうすれば
かっこよくなれるか、

それだけしか
考えていなかった。」と

いう言葉にも表れている

(とはいっても不良集団
だったことには変わりない)

当初、舘ひろしは

バンド結成については

否定的であったが、

熱心なキングレコードの

若手社員に説得され、

「チームのメンバーを
食べさせていくため。」

バンド結成を決意する。

キャロル解散後の

1975年9月、

チームの中から選抜された

7名とバンド結成から

参加の大久保喜市

(バイクチームの中で
ベースを弾ける人間が
いなかったことから、

ジェームス藤木が舘に
大久保を紹介した)の

計8名で、

アメリカンロックン

ロールバンド

「クールス(COOLS)」

としてシングル

「紫のハイウェイ」でデビュー

その際、岩城滉一は

参加しておらず、

そのまま俳優となった。

主なヒット曲は、

「紫のハイウェイ」、

「シンデレラ」、

「Mrハーレーダビッドソン」、

「あの娘はステディガール」、

「恋のゴールデンリング」、

「ひびわれたグラス」、

「追憶」、クライマックス」

などである。

男所帯でとにかく硬派を

絵に描いたような凄味が

感じられた。

それ以外にも番外編として、

多少異質だが「聖飢魔」、

「HOUND DOG」、

「Gray」などが

この硬派系のバンドでは

ないだろうか。

1960年代の空前の

GSブームに始まり、

70年代のニュー
ミュージックブーム、

そして80年代の

アイドルブームと

テクノポップブームを経て、

1990年代には、

「イカ天」を起爆剤として

再びバンドブームが

沸き起こった。

20世紀後半の音楽界は、

様々なジャンルの融合が

あった時代でもあった。

それぞれの個性溢れる

コンセプトや独自の

スタイルを、音楽を通して

主張して来た。

それは本を正せば、

図らずも頂点に君臨し、

崇拝されるべき存在だった

「ザ・ビートルズ」が

落とした影であり、

それに多大な影響を受け、

感化され、音楽活動に

のめり込んだ若者達で

あった。

今、その世代は

40代~60代となり、

昔取った杵柄の再来と

ばかりに奮闘し、

「オヤジバンド」として

俄にブームを呼んでいる

人達である。

最近の音楽は、

アイディアが出尽くした

感は否めないが、

新たな発想や視点で

創造性豊かな独自の音楽を

世に送ってくれることを

大いに期待したい。

いかがでしたでしょうか?

ビートルズの影響を受けた

キャロルから始まり

その後のロックシーンに

多大な影響を与えた

クールスの出現。

今でも小生は・・・

そのころの心のまま

オトナになっている。

クールスよ永遠に・・・

 

引用元:https://youtu.be/ybcYgQGiYCA


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