クールス・舘ひろし&バッドエンジェルス・遠藤夏輝※養子だった生い立ちとは!?

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こんにちは・・・

今回はバイクチーム

バッドエンジェルスのリーダー

遠藤夏輝さんの経歴やら

生い立ち・・・

そして、クールスとの関係

などなどをご紹介します。

それではどうぞ・・・

1970年代の原宿を舞台に

バイクチーム「COOLS」結成や

ロックンロールバンド「COOLS」

を当時メンバーだったピッピ

こと水口晴幸の目線で描かれた

「原宿ブルースカイヘブン」

という小説だが最近になって

今度は小説の著者である

「遠藤夏輝」目線で当時を

描かれた物が出版された。

このての小説や記事は

好きな人にはたまらない物だが

そんな人は極一部だと思い

記事にするのも躊躇していたが

やはり小生としては大変興味の

ある事なので思い切って

記事にしてみました。

そもそも これらの著者である

「遠藤夏輝」と言う人は

いったい何者なのか・・・?

実のところ小生も

これらの作品を読むまで

存在すら知りませんでした。

遠藤 夏輝(えんどう なつき)

1955年7月15日

日本の脚本家・小説家である

千葉県生まれ東京都、育ちで

日本工業大学付属

東京工業高等学校卒業

アウトロー作家として、

脚本や書籍の執筆活動を

している。

1955年に千葉県館山市で

三人兄弟の末っ子として

生まれるが、

生まれて間もなく両親が離婚

父親の顔すら知らない境遇、

母親、祖母、姉、兄と共に

千葉に移り住む。

祖父母は鴨川市の奈良林が

地元だそうで、

暮らしが貧しかったため、

三歳の頃、東京の練馬区に

住んでいた母親の姉夫婦に

預けられるが、

そのまま養子となり、

遠藤姓を名乗るようになった。


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養子ということが

ハンディとなり、

中学三年生の頃から

グレはじめる

練馬区の中学を追放され、

神奈川県の相模大野南中学に

転校する。

目黒区の日本工業大学

付属東京工業高等学校に

入学する

高校二年生で、

全校生徒三千人の

総番長になり、

真面目な生徒からも

信望され

三年生のときに

風紀委員長となって

伝説を作ったという人です。

高校卒業後、

クルマの免許を取得、

マツダのサバンナGTを

先輩から譲ってもらい

調布市を本拠地に

活動していた、

“走りのルート”の異名を

持つ暴走族チーム

ROUTE 20 CHOFUに入り

一年後に三代目のリーダーと

なった。。。

初代が結成したCRS連合を

再結成させ自身は

引退した。

ROUTE 20 CAR CLUBを引退後、

バイクチームのBAD ANGELSを

結成し

クールスの弟分として、

原宿を拠点に活動開始した。

BAD ANGELS時代には舘ひろし、

岩城滉一をはじめとする

クールスと親交を

深めていった。

キャロルのラストライブで

クールスが親衛隊として

ライブの警護をしたように

舘ひろしがクールスとして

最後のステージとなった

ライブでBAD ENGELSが

親衛隊を務めたのでした。

BAD ANGELSを解散後、

色々な職業を経て、

雑誌の編集に就き、脚本、

小説の執筆活動に入った。

以上が遠藤夏輝さんの

概略ですね~

いや~ 知らなかったな~・・

もちろん「ルート20」という

暴走族は知ってましたが

「バッド・エンジェルス」って

チームも遠藤夏輝さんのことも

全然知らなかった。。。

遠藤さんの著書やブログを

見ると確かにクールスの

メンバーと当時

蜜月だったことは分かります

その上、現在のクールスの

関係者の微妙な間柄の

系図も何となく想像できますね

以前の記事で雑誌の対談として

抜粋した舘ひろしさんと

水口晴幸さんは現在仲が

良いようです。

実はこの対談の取材現場にも

遠藤さんはいらしたようです。

遠藤さんが小説を書く上で

登場人物に根回ししてる段階で

舘さんとピッピさんは縁が

復活したような気配がしますね

その他多くの元メンバーや

現メンバー、関係者がいると

思いますが・・・

この二人の対極にいるのが

ミスタークールスを自負する

村さんのような気がしますね

そんな遠藤さんですが

最近の館さんピッピさんとの

エピソードをご自身のブログで

取り上げていらっしゃいます。

以下の文は遠藤さんの

ブログ記事からの抜粋です

2013・5・7

いかがお過ごしでしたか?

舘さんのコンサートの帰りに

寒さを感じ、案の定、

風邪をひいてしまい、

GW中はずっと寝込んで

いました

舘さんのコンサートは

最高でしたねぇ、

石原プロダクションの

50周年と兼ねている

コンサートだったようで、

まき子夫人、渡哲也さん、

神田正輝さんも会場に

来られていた

ピッピさんも行くことになって

二人で楽屋のほうに

伺おうとしたら、

そのお三方が来ていると

いうことを知って

俺たちが行ける状況では

ないので、遠慮して

ピッピさんと渋谷の街で

お茶をして時間を潰していた

そして、舘さんが・・・

コンサートは石原さんの歌を

ジャズっぽくアレンジしたもの

など数曲歌い、オリジナルの

“泣かないで”や、新曲を

歌っていた、

クールス時代で一番好きだった

“恋のテディーボーイ”は

良かったねえ、

かなり感動した

アンコールの

“朝まで踊ろう”の曲が

かかると、

スタンディングオベイションで

最高に盛り上がった

ムード音楽とジャズを

ミックスしたコンサートは、

舘さんの大人の魅力、

カッコよさ、男の色気を

充分に引き立てていた、

普段会う舘さんとはまた

オーラも違っていて観に

行って良かったぁ、

コンサートはとても素敵で

最高でした

ピッピさんは用事が

あるようで最後まで

いなかったんだけど

コンサートが終わって

舘さんのお付の○○さんに

電話して、

「帰りますので、舘さんに
宜しくお伝えください……」

「これから、打ち上げを
やりますので、

そちらに来て
もらえませんか?」

みたいなことを言われたので

そこへ行って挨拶だけして

帰ろうと思った

渡さんや神田さんもいて、

目の前にいる渡さんに

感激してしまった

関係者やその人たちが

連れてきたファンの

人たちでごった返していたので

簡単に挨拶だけして帰った

次の日、舘さんに電話で、

「話もできなくて
悪かったなぁ」と

言われて恐縮してしまった

そんな状況だったので、

写真なども撮ることもできず

慌ただしく帰ってきた、

でも、行って良かった

クールス以来の舘さんの

ステージは、どこか

夢の中にいるような、

そんな感じでした、

では、また

いかがでしたでしょうか?

遠藤さんは舘さんの身近に

いたのでしょうね。

そんな感じが伺えるブログの

内容でしたね。

引用元:https://youtu.be/TuMh24QPUXg


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